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DOUKIの正体とプロレス人生について振り返ってみた

   

DOUKI 誰

2019年、エル・デスペラードのベスト・オブ・ザ・スーパージュニア欠場をうけて、突如、謎のマスクマンが代打出場しました。
その男の名は「DOUKI」。

本記事では、DOUKIの正体とプロレス人生に触れていいきたいと思います。

※DOUKIに関する情報は非常に少なかったです。バラバラの情報をつなぎ合わせたため、時系列に誤りがあるかもしれません。ただ、本記事が出来る限りの正確な情報になるよう尽力しました。

 

DOUKIの正体は羽山達也

DOUKI 素顔

DOUKIをプロレスラーに導いてくれたのは現在、足ふみ整体「ケアレスト」の代表でありながら、新日本プロレスワールドの解説も務めているミラノコレクションA.Tです。

2010年、ミラノは目の怪我を理由に33歳の若さで現役生活にピリオドを打ちました。
引退後は、東洋医学の道へ進み、プロレスに恩返しをしようと将来の計画を立てていました。

そんな折、ある一人の若者から「ルチャドールになりたい」と懇願されました。
その若者の名は羽山達也。後にDOUKIとしてプロレスデビューをする男です。

高校を卒業したばかりの18歳の羽山は、ミラノの紹介で、当時メキシコ遠征中だったタイチの元を訪れます。

 

メキシコでのプロレス人生

当時のタイチのブログでは、単身メキシコに来た羽山のことについて触れています。

元パレハで現一般人の元ミラノコレクションATが、僕の住んでいる日本人ペンション、サンフェルナンドにある男の子を送りこんできました!
彼の名前は羽山達也くん18歳。
ミラノ氏の知り合いで、ルチャドールになりたくて単身メキシコに渡ってきたそうです。

DOUKI 素顔

まだ18歳なのに言葉も通じない異国の地でイチからやろうなんて凄いですね!
彼が来てからもう1カ月くらいかな。
毎日まじめにCMLLのルチャ教室に通い、毎日僕と一緒にジムで練習しています。
いつになるかわかりませんが、彼がデビューした時は皆さん応援してあげてくださいね。

引用元:https://ishikari.blog.ss-blog.jp/2010-05-31

練習に励む一方、語学勉強をしてスペイン語を話せるようになった羽山は、海外遠征でメキシコに来る新日本プロレスの選手の案内役も務めていたようです。
その際に関係を持った選手達を、ツイッターで以下のように回顧しています。

羽山にとって、タイチとYOSHI-HASHI、エル・デスペラードは欠かせない存在だったのです。

プロレスデビューを果たして以降は、「カンスケ」というリングネームを経て「DOUKI」を名乗ります。

ぺロス・デル・マル、IWRG、DTU、XMWなどのメキシコマットで活躍する他、アメリカのテキサス、グァテマラ、エルサルバトルなどでも試合をします。
小さい会場からアレナメヒコのような大会場まで、様々な所で試合していることが、以下に挙げる動画から分かります。

なんと、全日本プロレスの秋山準とタッグを組んだこともあったようです。

様々なマットを渡り歩く中で、闘龍門出身の花岡大輔や、DRAGON GATEから遠征中だったEitaと出会い、日本人ルード部隊「ハポネス・デル・マル」も結成しています。

【動画:ハポネス・デル・マル】

DOUKIを名乗ってからも、棚橋とは交友があったようです。

夕方、一緒に練習したタツヤと焼肉へ

タツヤと4年前に出会ったときは18歳だった

ルチャドールになるためにメキシコへ

今は「DOUKI」というリングネームでやっている

今回、1年振りに再会して驚いた…

DOUKI 棚橋弘至

まゆ毛なくなっとる!!!

引用元:https://ameblo.jp/highfly-tana/entry-11602217007.html

 

苦難の連続だったプロレス人生

ほとんど情報がないため、DOUKIのメキシコでのプロレス人生は、ざっくりとしか把握することが出来ません。
とはいえ、その人生は苦難の連続だったようです。
タイチのインタビューから、それが想像出来ます。

コイツはコイツなりに10年メキシコで泥水すすって、一人でやってきたわけで、コイツはそんじゃそこらのヤツとは違うんだよ。メキシコのど田舎で、訳わかんないところで、クソみたいなとこで何回も試合してんだ。

引用元:https://www.njpw.co.jp/198184

 

日本デビューとBOSJ代打出場

メキシコでデビューして約5年後の2015年10月、東京愚連隊興行にて新木場で日本デビューを果たします。

【画像:東京愚連隊に参加した頃のDOUKI】

DOUKI プロレス

同月、KAIETAI DOJOにも参戦します。
その際の動画が以下です。

そして転機が訪れたのは、2019年です。
日本では全く名が知られていないDOUKIは、タイチにタカタイチマニアへの出場を懇願します。

そして、2019年5月のタカタイチ興行への出場を果たします。
同月、エル・デスペラードのベスト・オブ・ザ・スーパージュニアの欠場をうけて、DOUKIは”タイチからの刺客”として代打出場を果たのです。

しかし、結果は1勝8敗。
ほろ苦い新日デビューでした。

 

プロレスラーからの評価は高い

結果が出なかったDOUKIですが、プロレスラーからの評価は高いです。

棚橋はDOUKIの印象について、新日本プロレス携帯サイトの連載コラム「棚橋弘至のメキシコ超人列伝II」にてこのように語っています。

「見た目のチャラさとは相反するようにプロレスに対してはとても真摯

また、田口はDOUKIとの対戦後、このように評価しています。

さらに、高橋ヒロムの場外へのダイビングセントーンは、DOUKIの「DOUKIボム」からインスパイアされていると言われています。
これは、同業者に影響を与えているほどの存在と言えるのではないでしょうか。

 

DOUKIの今後に期待

ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア出場後、DOUKIは新日本プロレスにレギュラー参戦をしてします。

そんなDOUKIを見ていると、体型に恵まれないで入門テストすら受けられず、一旦メキシコで経験をしてから新日本プロレスに入門を果たした獣神サンダー・ライガーやKUSHIDAの姿がオーバーラップされます。

例外なくDOUKIも、身長が170センチという、プロレスラーとしては恵まれていない体型です。

何がDOUKIを新日本プロレスへの参戦に導いたのでしょうか。

かつてタイチは、1人メキシコに渡ってきた羽山少年のことをこのように言っていました。

「何だ、この小僧」と思ったけど、話してるうちに「コイツ、変わってんな」と思って、なんかちょっと感じるものがあったな。だって、高校卒業して「プロレスラーになりたい」っつって、一人で訳のわかんない土地に来るか? そんなヤツいねぇぞ。道場に行って、「プロレスラーになりたい」って入門するならわかるけど、単身メキシコに渡って、18歳でやれるヤツかいるか? その時点でコイツには感じるものがあったんだよ。トレーニングの仕方も何もわかんねぇコイツを、ジムとか色んなとこ引っ張り回して、シゴキにしごいてやったよ(ニヤリ)。だけど、コイツは全部についてきたよ。

引用元:https://www.njpw.co.jp/198184

当時からタイチは、DOUKIに対して得も言えない何かを感じていたようです。
それが今になって、新日本プロレスへの定期参戦という結果に現れたのかもしれません。

今後の、新日本プロレスでのDOUKIの活躍に期待したいですね。

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