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ケンドー・カシンは現在どこで何をしているのか?

      2018/07/22

ケンドー・カシン

現在の新日本プロレスには、

”キング・オブ・ダークネス”EVIL

”タグチジャパン”監督”田口隆祐

”世界一小ズルい男”タイチ

等、個性の強いレスラーが揃っています。

 

そんな個性の強いレスラーを語るうえで、欠かせない選手がいました。

稀代の問題児として、新日本プロレスでやりたい放題の暴れ回った個性派レスラー

ケンドー・カシン

 

彼が新日本プロレスから姿を消して12年。カシンは現在、どこで何をしているのでしょうか?

今回はケンドー・カシンの足跡を追ってみます。

 

新日本プロレスで残したカシン伝説

ケンドー・カシン

ケンドー・カシンの正体は石澤常光。

学生時代には「レスリング全日本学生選手権」を3連覇、

「全日本レスリング選手権」でも優勝をしたこともあり、

誰もが認める実力者として、92年に新日本プロレスに入団をしました。

 

デビュー後もその実力を遺憾なく発揮し、

96年のヤングライオン杯では同期の永田裕志を下し優勝。

 

同年、ヨーロッパ遠征でマスクマンとなり稀代の問題児”ケンドー・カシン”が誕生したのです。

「ケンドー・カシン」の由来は、

漢字好きのヨーロッパのプロモーターが「剣道(ケンドー)」と「家臣(カシン)」を組み合わせて名付けたと言われています。

ちなみに芸人のケンドーコバヤシは「ケンドーカシン」から由来しているとか。

 

99年には、ドクトル・ワグナー・ジュニアとジュニアタッグ王者になり、

同年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアでは優勝、

さらには、金本浩二を破りIWGPジュニアヘビー級チャンピオンに君臨しています。

この頃から、カシンは徐々に暴れ回るようになりました。

 

IWGPジュニアを初防衛した時は、記者の「おめでとうございます」という言葉に対し

「うん、余計なお世話だ」と素っ気ない態度をとったり、

 

犬猿の仲であった中西学とタッグ結成した時も「結婚おめでとう!俺からのご祝儀だ」

と早々仲間割れを起こしたり等、様々なエピソードを残しています。

これら理解不能な言動は、ファンの間では語り草になっているのです。

 

そんなケンドー・カシンの試合で忘れられない試合と言えばこの一戦ではないでしょうか。

IWGPジュニアヘビー級選手権試合「ケンドー・カシン VS 成瀬昌由」。

 

当時は総合格闘技プームでプロレスは押されていました。

そんな総合格闘技団体リングスからやってきた成瀬昌由を

プロレスの強さと維新をかけて迎え撃ったのがケンドー・カシンでした。

 

いざ試合が開始されると、

あっという間にカシンが”飛びつき式腕十字固め”で成瀬を仕留てしまったのです。

試合時間26秒という秒殺劇で幕を閉じたのでした。

 

但し、驚くべきは秒殺で成瀬を仕留めたことだけではないのです。

なんと、カシンは素顔の石澤常光として戦ったのです。

以下が、カシンが素顔で登場した「成瀬 VS カシン」です。

 

全日本プロレス移籍以降

ケンドー・カシン

そんな伝説を新日本プロレスに残したケンドー・カシンは

2002年に武藤敬司や小島聡と共に全日本プロレスへ移籍。

 

「過去を反省して生まれ変わります」と決意を誓っての移籍だったのです。

しかし、新日本プロレス時代と変わらぬ、いや、それ以上の自由奔放のファイトを全日本プロレスでも展開していきます。

既に引退をしていた北斗晶とのシングルマッチを実現させたり、

全日本プロレスと原因不明のいざこざを起こしたりの相変わらずぶりでした。

 

そして、暴れっぷりに愛想尽かれたのか

移籍してたった2年で全日本プロレスを解雇されてしまったのです。

 

その後は、2005年から再び新日本プロレスのリングに上がります。

アマレス歴のある、藤田和之、永田裕志、中西学と共に「TEAM JAPAN」というユニットで暴れまわります。

【動画:新日本隊 vs TEAM JAPAN】

同年のG1では川田和明に勝利する等、

87kgというジュニアヘビー級の体型ながらもヘビー級と同等に渡り歩く実力を遺憾なく発揮します。

その後は、総合格闘技の「HERO’S」、猪木が新たに設立したプロレス団体「IGF」への出場を経て

2008年に早稲田大学大学院に入学。

そして2011年の東日本大震災以降、しばらく音信不通となります。

 

この時の心境を東スポの取材でこのように語っています。

「東北の善良な人々が多数亡くなってしまった、悲しい……。 これは東北のみならず日本の危機、残りの人生は東北の再建にささげたい」

珍しく神妙な語り口だったのです。

この記事を見た永田裕志は、

「カシンのためにもニュージャパンに優勝する」と自身のブログで宣言。

 

永田の宣言に対しカシンは

「それにしても許せないのは人の名を出して紙面に出ようとする永田裕志だ、

まかり間違ってニュージャパン・カップに優勝したら賞金全額を被災地に寄付しろ」

と、相変わらずいつもの如くカシン節を炸裂したのでした。

 

2013年にはIGF道場の指導委託者に就任。

2014年には全日本プロレスの「チャンピオン・カーニバルに出場」

2016年にはなんと慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの講師に就任し、

「プロレスエクササイズ」と題した講義を週1回担当しています。

 

現在カシンは…

そんな、カシンも現在49歳。

2017年からは大日本プロレスの参戦したり、

大仁田興行に特別レフェリーとして参加したりしています。

 

また、DDT両国大会では、高木三四郎VS男色ディーノの「ウェポンランブル」内にて

ウェポン試合として、引退したはずの百田光雄と戦う等

様々な団体を自由奔放に渡り歩っています。

但し、以前と変わったのはリング外でも活躍が見れるようになったことです。

2015年には、NHK連続ドラマ小説「マッサン」に国際結婚をした夫婦として

素顔の石澤常光で出演をしています。

石澤常光

また、直近では「フツーのプロレスラーだった僕がKOで大学非常勤講師になるまで」という

自伝本を出して、昔の暴露話等が書いてあり話題になっています。

「フツーのプロレスラーではなかっただろ!」とツッコミを入れたくなるタイトルですね(笑)

 

まとめ

生きていると、やりたくないことをやらなければいけなかったり、

自分の気持ちを押し殺したりしなければならない場面があるかもしれません。

しかし、ケンドー・カシンといういつまでも”らしさ”を失わないプロレスラーを見た時、

「自分らしさを貫くこと」の大切さを教わる気がします。

そして、ケンドー・カシンがプロレス人生で伝えたいメッセージこそ

「自分らしさを貫け!」なのかもしれません。

そんないつまでも変わらずケンドー・カシンがこれから何をしていくのか楽しみです。

 

【次回予告】

次回は「蝶野正洋の現在」に迫ります。

三沢光晴の想いを背負った 蝶野正洋の現在(いま)と今後とは

 - プロレス