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”ジュニアのカリスマ”金本浩二は現在ドコで何をしてる?

      2018/06/03

金本浩二

近年、盛り上がりを見せているジュニアヘビー。

そんなジュニアにおいて、KUSHIDAや高橋ヒロムは、「ジュニアでありながらヘビーへ挑戦をする」ことを目標に掲げています。

しかし、それを一足先に達成している男がいます。

それは金本浩二という男です。

ジュニアで数々の栄光を手に入れ、ジュニアの枠にとらわれることなくヘビー級に立ち向かう金本のファイトに心打たれた方も多いのではないでしょうか。

しかし、”ジュニアのカリスマ”と称されるほどの人気を誇った金本は、いつしか新日本プロレスから姿を消してしまいました。

彼は現在、何をしているのでしょうか。

新日本プロレスから身を潜めていった真相にも触れつつ、本記事では金本の過去と現在を深掘りしていきます。

 

若手時代

金本浩二

金本は1990年6月に新日本プロレス入門。
同年11月に小原道由を相手に本名の金本浩二でデビューを飾りました。

前田日明に顔が似ていたことから前田2世と呼ばれていたこともありました。

メキシコ武者修行を経て1992年、”3代目タイガーマスク”として再デビュー。

しかし、自身のスタイルとアクロバットを主体とするタイガーマスクに違和感を覚え、1年もしないうちに覆面を脱いでしまいました。

ですが、金本にとってこの経験は生かされ、タイガーマスク時代に磨き上げた蹴りと華麗な空中殺法に加え、新たに身に付けたラフ殺法で独自のスタイルを作り上げることに成功したのです。

”ジュニアの蹴撃番長”の異名を持った金本は、1995年にはIWGPジュニア、UWA世界ジュニアの2冠王者に輝きます。

ケンカスタイルに進化

1997年には、当時黒髪が主流であった新日本プロレスには珍しい茶髪に染め上げ、ケンカスタイルへと進化を遂げていったのです。

特に象徴的なのが、同年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニア優勝決定戦ではないでしょうか。

ケンカファイトに火が付き、相手のエル・サムライのマスクを完全に剥いでしまうなど、マスクマンとして屈辱的行為を平然とやってのけてしまうような怖さを見せたのでした。

【動画:1997年 BOSJ優勝決定戦 金本浩二 VS エル・サムライ ※2:56から観れます】

翌1998年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアでは、
WARの安良岡裕二を相手にツバを吐きかけたり、受け身がとれない荒技「雪崩式タイガースープレックス」を繰り出したり、

極めつけはフライングニールキックで安良岡のアゴを骨折させ長期欠場に追い込むなど、

心も身体も打ち砕く、これぞ”ケンカスタイル”と言えるファイトを見せるようになったのです。

金本の一貫した激しいファイトスタイルや試合内容はいつしかファンの支持を集め、新日本プロレスの中で屈指の会場人気を誇るようになりました。

 

活動の幅をヘビー&他団体へ

金本浩二

金本の勢いは新日ジュニアの枠を飛び越え、1999年頃からはヘビーや他団体に活動の幅を広げていきます。

階級の壁を超えて出場した2006年のG1 CLIMAXではジュニアでありながら決勝トーナメントにまで駒を進める快挙を成し遂げ、

同年、G1 TAG LEAGUEでは棚橋とタッグを組み準優勝を果たします。

翌2007年にはジュニア選手として初のIWGPヘビー級王座に挑戦。
王者・棚橋弘至をあと一歩まで追い込むほどの互角の勝負を展開し、”新日ジュニアここにあり”と言える戦いを見せました。

一方、他団体での活動においては

2003年、プロレスリングNOAHに流出したIWGPジュニアタッグベルトを取り戻すために、ライガーと乗り込み金丸義信&菊地毅から王座奪還。

2009年には、DRAGON GATEに乗り込みB×Bハルクを撃破したのち、土井成樹が保持するオープン・ザ・ドリームゲート王座に挑戦。

2010年はタイガーマスクとNOAHの珠宝、GHCジュニアタッグベルトを奪取。

団体内の枠にもとらわれない活躍を見せていきます。

とりわけ、2010年に旗揚げ記念日に行われた丸藤正道との一戦は名勝負だったのではないでしょうか。

【動画:金本浩二 VS 丸藤正道】

 

金本が手中に収めた栄光の数々

金本のこれまでの実績をまとめると、以下の数々の栄光を手中に収めています。

■IWGPジュニアヘビー級王座:5回(第23,25,33,43,50代)

■IWGPジュニアタッグ王座:4回(第5,10,14,25代 ※パートナーは栄冠順に田中稔→獣神サンダー・ライガー→井上亘→エル・サムライ)

■SUPER J TAG優勝:1回(2010年 ※パートナーはエル・サムライ)

■ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア優勝:3回1998、2002、2009年)準優勝:5回(1997、1998、1999、2003、2004、2008年)

金本はベスト・オブ・ザ・スーパージュニアの最多優勝&最多優勝決定戦進出記録の保持者であり、新日本を去った2018年現在も、この記録は誰にも破られていません。

これらの輝かしいジュニアの実績から”ジュニアのカリスマ”と称されています。

■G1 TAG LEAGUE準優勝:2回(2006、2007年 ※いずれもタッグパートナーは棚橋弘至)

また、私生活では2009年に女子プロレスラーのhikaruと結婚し、公私共に充実したレスラー人生を歩んでいました。

 

新日本プロレスとの関係に亀裂

ところが、幸か不幸か金本の人生を狂わす大試練がその後、待ち受けていたのです。

その大試練に引き金になったのが、のちの2012年に離婚するhikaruの存在でした。

離婚した後の2012年4月24日、金本はツイッターでhikaruへの憤りをツイートしています。

いったい金本に何があったのでしょうか。

ことの真相は公表されているわけではないので明言出来ませんが、
2011年の新日本プロレスとの契約更新の時点から金本に”何か”が起きていたことが予想出来ます。

金本浩二

金本は2011年の契約に際し、
「連チャンで試合数をこなすより、要所要所の方がガッツリいける。その方が気持ちも入りやすいし、プロレスを楽しめる」
という理由から年間試合数を減らしての契約更新をしていました。

翌2012年は前年と同内容で更新するも、新日本プロレスへの出場は一度もなく全日本プロレスへのスポット参戦をしたのみでした。

また、同年新日と全日の合同で行われた台湾大会では、金本の控室は新日本プロレス側でした。
その際「控室から今すぐ逃げ出したい」とツイッターで本音をもらしていました。

この一連の流れと金本のツイートしている
「会社にも迷惑をかけてきている…あのアホだけは絶対に許せない!!こいつだけなんとか出来たらプロレスは辞めてもいい…俺の人生は、あのアホの為に終わったってことや!」

は、”何か”が関係していることが予想されます。

金本はhikaruについて他にもツイートをしており、それらをまとめると

・hikaruに浮気をされていた
・事実無根のDV被害を警察に通報されていた
・hikaruは家事や育児を行わない

と、離婚するまでに色々なことがあったようです。

離婚までの道のりの中で金本は公私のバランスが崩れ、
どうやら「新日本プロレスとの関係性に亀裂が入ってしまった」可能性が考えられます。

 

フリーランス活動と「ファン暴行流血事件」

翌2013年は新日本プロレスとの契約更新をせず、ついに退団。
活動の場を失った金本は、以前から全日本プロレスで親交のあった武藤敬司が立ち上げた新団体W-1(WRESTLE-1)に居場所を求めました。

旗揚げ戦から参戦するものの、ここで金本は「ファン暴行流血事件」を起こしてしまったのです。

雑誌「別冊宝島」では2014年9月頃、金本が試合会場ロビーで失礼な態度でサインを求めてきたファンに激高し暴力を振るい警察沙汰になったことが伝えられています。

どうやら汚いヤジをバンバン飛ばすことでW-1の選手達の間でも曰く付きのファンに金本がキレてしまったようです。

雑誌には、鼻と口から流血し尻もちをついて倒れている男性と、警察と若手選手に制止される金本が写った写真が掲載されています。

この話を聞くと「金本はリング上だけでなくリング外でもケンカっ早いんだな」と感じる方もいるでしょう。

しかし、金本はファン想いな一面があり、あるサイン会では

「ファンが寒い中、外で順番を待ってくれているのに、自分だけ座ってはいられない」
と、膝の状態が悪い中、約2時間半立ちっぱなしでファンサービスを行ったというエピソードがあります。

ファンを想う気持ちが強いがゆえに、失礼な態度をとるファンをどうしても許せず暴力をふるってしまったのかもしれません。

とはいえ、ファンに手を出すことは許されるべき行為ではありません。
この事件を境に、W-1への参戦はパタリと途絶えてしまったのです。

またも、プロレスラーとしての居場所を失ってしまいました。

 

ZERO1、大日本プロレス、インディー団体へ

2015年からはインディー団体や大日本プロレスへ細々とフリーで参戦をしていきます。

ケンカファイトは健在で、大日本では”ケンカ屋”橋本和樹とバチバチな名勝負を展開していきました。

【動画:金本浩二 VS 橋本和樹】

2016年にはアパッチプロレス軍のWEWヘビー級王座に君臨。

また、大阪のインディー団体「VKFプロレス」ではVFK王者になりました。

2017年にはZERO1へ参戦し、かつての新日本プロレスの黄金カードでもあった「金本浩二&田中稔 vs 大谷晋二郎&高岩竜一」を実現させたり、
田中稔との”ジュニアスターズ”が復活したりなど、一度影を潜めたものの金本は再びプロレス界での活躍を見せるようになっています。

 

レスラーの与えた影響

金本浩二の影響を受けている選手は実にたくさんいます。

今をときめくオカダ・カズチカもその1人です。

「オカダ・カズチカデビュー10周年記念DVD」内のインタビューにて、オカダは
2009年4月の両国大会で組まれたのが「金本浩二 VS 岡田かずちか(当時)」について語っています。

当時ヤングライオンであったオカダは、金本の厳しい打撃に対して顔面ウォッシュで対抗するなど、気の強さを見せましたが、
側頭部へのキックからアゴへのナックルでオカダのノックアウト負けを喫しました。

この試合でオカダは
「金本さんに一番新日本らしさを教えてもらったのかなと思います。」
と語っています。

また、高橋ヒロムも尊敬するレスラーに金本浩二を挙げています。
”ジュニアの蹴撃番長”と言われたケンカスタイルに大きく影響を受け私淑しているそうです。

・私淑とは

尊敬する人に直接には教えが受けられないが、その人を模範として慕い学ぶこと。

 

ファンに与えた影響

影響を受けたのはレスラーだけでなくファンも例外ではありません。

やはりファンの心にも金本浩二というレスラーは根付いているのです。

 

金本の現在の活躍はSNSでチェック出来る

紆余曲折ありながらもプロレスラーやファンに大きな影響を与えてきた”ジュニアのカリスマ”は現在51歳。

今もなお、強烈な蹴り、フィニッシャーのアンクルホールドは健在です。

そんな金本を、本人がやっているfacebookTwitterブログで現在の活動を覗くことが出来ます。
ぜひご覧ください。

 

【次回予告】

次回は「エル・サムライの今」に迫ります。

新日本プロレスを退団したエル・サムライは今

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