かめたくルーム 自由気ままに着て観て食べて

マイケル・エルガンは新日本プロレス退団後どうしてる?

   

マイケル・エルガン 退団

ビッグバン・ベイダーのような往年の外国人レスラーを彷彿とさせるパワーを兼ね備え、体型からは想像もつかない空中殺法を繰り出し、新日本プロレスファンを虜にしていきたマイケル・エルガン。

最強外国人の称号も手に入れるなど、新日本プロレスには欠かせない愛され外国人レスラーになりました。

しかし、ニュージャパンカップ2019を最後に、マイケル・エルガンは新日本プロレスから姿を消しています。

そこで、今回はマイケル・エルガンの過去を振り返りながら現在を探っていきます。

 

 デビューから新日本プロレス入団まで

マイケル・エルガンは1986年カナダ生まれの32歳(2019年12月時点)。

プロレスデビューを果たしたのは2004年、僅か16歳でのことでした。

約3年間、アメリカやカナダのインディー団体の転戦を経て2007年からはROHに参戦。

2012年以降は、PWG(プロレスリング・ゲリラ)にも参戦します。
2013年には、ブライアン・ケイジをタッグパートナーにPWGのタッグベルトの至宝、PWG世界タッグ王座に就きます。

マイケル・エルガン オカダカズチカ

【画像:オカダカズチカ VS マイケル・エルガン VS AJスタイルズ】

翌2014年、ROHと新日本プロレスの合同興行にて、AJスタイルズが保持するIWGPヘビー級王座に、オカダ・カズチカも交えたトリプルスレットマッチで対戦。
ベルト奪取に失敗するも、大きなインパクトを残します。

同年6月、アダム・コールが保持するROH世界ヘビー級王座の挑戦し勝利。
ベルト奪還に成功し、その後8度の連続防衛をしエルガン政権を築きます。

その活躍を足懸かりにして翌2015年、新日本プロレス主催のG1クライマックスに初出場。
身長180センチでペンチプレス250キロを持ち上げる驚異的なパワーを持ち合わせているにも関わらず、体型に似つかわない身のこなしや、滞空時間の長いブレンバスターやエルガンボムなどのダイナミックな技を披露し、新日ファンの心を一気に掴みます。

同年11月、棚橋弘至とのタッグで「ワールドタッグリーグ」に初出場。

翌2016年3月、エルガンは新日本プロレスに入団をします。

 

栄光と没落

マイケル・エルガン 棚橋弘至

同年4月、棚橋とヨシタツと組み、NEVER無差別級6人タッグ王座を奪取。
新日所属選手になって幸先よいスタートを切ります。

同年6月、ケニー・オメガが持つIWGPインターコンチネンタル王座をかけ新日本プロレス史上初のラダーマッチを決行。
エルガンは天井にぶら下がったベルトを奪取し、第14代インターコンチネンタル王座を奪取。
これを機に最強外国人の称号を手に入れます。

【動画:ケニー・オメガ VS マイケル・エルガン煽りVTR】

同年7〜8月に開催されたG1クライマックスではリーグ2位タイの5勝4敗の好成績を残し、新日本プロレスで順風満帆な活躍を見せます。

しかし、皮肉なことにエルガンの栄光は長くは続きませんでした。
同年9月、内藤哲也の挑戦に敗れ、IWGPインターコンチネンタル王座を受け渡したことをきっかけに、エルガンは没落していきます。

内藤哲也 VS マイケル・エルガン煽りVTR】

翌2017年は、ベルト戦線にほぼ絡めず、G1クライマックスでも4勝5敗と負け越し、思うような活躍が出来ませんでした。

翌2018年6月、悔しさをバネに肉体改造を行い筋肉隆々になったエルガンは、後藤洋央紀が持つNEVER無差別級王座に挑戦。
見事勝利を収め、1年9か月ぶりにベルトを巻き復活の狼煙を上げます。

しかし、同月、前王者の後藤とNEVER無差別級王座を賭け対戦。
敗戦を喫し、屈辱の8日天下に終わります。

またしてもエルガンは足を掬われ、栄光を持続することが出来ませんでした。
そして、翌7~8月のG1クライマックスでは3勝6敗とリーグ最下位の不成績に終わってしまいました。

「ちょっと最近、負けすぎかもしれないな。この『G1クライマックス』で自分のことを勝者と呼べない自分自身が不甲斐ない。」

G1最終戦に残したこのコメントが、エルガンの苦悩を物語っています。

その後、エルガンは目立った活躍が出来ず、翌2019年3月に新日本プロレスを退団をしてしまいます。

 

新日本プロレスを退団

エルガンは、新日本プロレス退団に至った経緯を、海外の「Interactive Wrestling Radio」にてこのように語っています。

レスリングキャリアを始めたばかりの頃から、日本に行くのが夢だったんだ。92~01年にかけて、俺はジャパニーズ・レスリングの大ファンだった。俺のゴールは日本で試合をすることだった。実際、俺はそこで名を上げられたように感じている。俺はエディ・ゲレロやクリス・ジェリコ、ディーン・マレンコと同じルートを辿り、世界を飛び回るレスラーになって、チャンスを掴んだ。これが俺のメインの目的だった。そして、成し遂げたんだ。俺はNJPW(新日本プロレス)と上手くやれたと思っているし、NJPWもまた俺のことをとてもよく扱ってくれたよ。ただ、今はもう次に進む時だと感じたんだ。彼ら(新日本プロレス)は俺のことをメインイベント・ガイとして見ていなかった。俺は会社のためにどんどん高みに昇り、成功を追い求めていくタイプの人間だから、もし彼らが俺をフルタイムのメインイベンターとして見ていないのなら、自分の意思でここを去るという決断をしたんだ。

参考元:http://moongoose2.com/translation/michael-elgin-talks-njpw-departureから抜粋

新日本プロレスとエルガン、それぞれの思惑に食い違いが生じたことが、新日本プロレス退団の決意に繋がったようです。

 

最近のエルガン

新日本プロレスのファンに愛されていただけに、退団後もエルガンの動向は注目されていました。

ケニー・オメガらが立ち上げた団体AEWに移籍をするのか、それとも、新日本プロレス以外の日本のプロレス団体に参戦をするのか、色々な噂が飛び交いました。
そんな中、同年4月に突如エルガンが日本のプロレス団体への参戦を示唆するようなツイートをします。

全日本プロレスと大日本プロレスの選手の画像を載せたことにより、エルガンが参加する団体が、全日本プロレスと大日本プロレスなのではないか、と噂されます。

もしそれが実現すれば、パワーファイターの石川修二や関本大介との夢の対決が実現されるのではないか、とファンの期待はふくらみました。

しかし、ファンの期待をよそに、アメリカの団体、インパクトレスリングに登場。
かつてのタッグパートナー、ブライアン・ケイジに挑戦表明をします。

それにより、ファンの期待は持ち越しされることになります。

ですが、同年8月、エルガンは大日本プロレスへの参戦を実現させます。
大日を牽引する関本大介と対戦。
敗れるものの、通常の観客動員を大きく上回り超満員札止めを記録。

エルガンが日本のファンからどれだけ愛されていたかを再確認される出来事になりました。

マイケル・エルガン 関本大介

次いで、同年11月にはプロレスリングNOAHに参戦。
新設されたGHCインターナショナル王座を賭け杉浦貴と対峙。

またしても敗戦を喫してしまうが、大きな話題をさらいました。

そして、2020年1月以降もエルガンはNOAHに参戦することが発表されています。

 

新日本プロレスへの復帰を期待

エルガンは、新日本プロレスに参戦した最後のシリーズ「ニュージャパンカップ」でオカダに破れた際、以下のコメントを残しています。

「この闘いは完全に終わったわけではない。時が進むにつれて俺はさらに強くなるし、あいつ(オカダ)に追いついてやる。そのときには、必ずあいつを倒してやる。それがいつになるかは分からないが、いつか必ず倒してやる。」

新日本プロレスから離れていますが、このエルガンの心火は消えていないと僕は信じたいです。

様々な日本の団体を経て、強くなったマイケル・エルガンをもう1度新日本プロレスで見たいと思っているファンは、僕だけではないのでしょうか。

他団体での活躍を切に願いながら、エルガンの新日本プロレスへの復帰を切望しています。

 - プロレス