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YOHのその涙こそ、”世界一のタッグチーム”になる証!

      2018/05/30

SHO 涙

「世界一のチームにしてみせます!」

4.1両国大会で行われたジュニアタッグ選手権後、涙ながらに語ったYOHの決意。

僕はこの言葉を聞いて、きっとSHO&YOHは”世界一のタッグチーム”になるだろう、と確信しました。

なぜそういえるのか。

それは、人前で涙を流したレスラーは目標を達成しているからです。

本記事では、過去に涙を流したレスラーの話をして、SHO&YOHが”世界一のタッグチーム”になる理由を説いていきます。

 

プロレスラーと涙

では、過去に人前で涙を流したレスラーを3人ピックアップいます。

棚橋弘至、オカダ・カズチカ、KUSHIDAの3選手です。

 

棚橋弘至の涙

棚橋弘至 ベルト初栄冠

棚橋弘至が涙を流したのは2006年7月の月寒グリーンドーム大会。

その日予定されていたIWGPヘビー級選手権試合は、
当時チャンピオンのブロック・レスナーがドタキャン(新日本プロレスとの契約トラブルが原因と言われている)したことによって、
対戦カードが変更されました。

そこで、レスナーから剥奪したベルトを巡って「IWGPヘビー級王座決定トーナメント」が開催されました。

今となっては、IWGPヘビー級王座が空位になるということは考えられない話ですね。

そのトーナメントで優勝し、初めてIWGPヘビー級王座に戴冠したのが棚橋だったのです。

しかし事実上、王者不在の中でチャンピオンになった棚橋は観客から賞賛されることはありませんでした。

まして、2006年といえば”プロレス冬の時代”です。

主力選手を欠いていた新日本プロレスで、多くのファンは

「ベルトを巻くのは棚橋くらいしかいない」

という、どこか諦めた気持ちでこのトーナメントを見ていた人は多かったでしょう。

つまり、棚橋は消去法で選ばれた”望まれていないチャンピオン”だったのです。

棚橋は優勝決定戦後、リング上でベルトを掲げ、ひと目をはばからず泣きました。
その涙はチャンピオンになれた”嬉し涙”ではなく、理想とかけ離れたことによる”悔し涙”だったのです。

この悔しさをバネに、1年後の2007年G1CLIMAXでは優勝を果たし、声高らかに叫びました。

「必ず、俺たちの時代でもう1度プロレスを爆発させます!」

その後、棚橋は宣言通り、新日本プロレスをV字回復させる一番の立役者になりました。
そして、自他共に認める団体のエースに成長しました。

 

オカダ・カズチカの涙

オカダ・カズチカ 泣く

オカダ・カズチカが涙を見せたのは2015年1月4日東京ドーム大会でのこと。

2012年以降、「レベルが違うんだよ!」という言葉と共に、
驚異的な強さを見せ一気に団体の中心選手となったオカダ。

ただ、唯一超えられなかった存在が棚橋弘至でした。

棚橋弘至は2011年以降、東京ドーム大会のメインに連続で任されるほどの団体を代表するエースでした。

オカダは、そんな棚橋をIWGP選手権試合で破ることは出来ても、いちレスラーとしての”存在感”を超えることが出来ずにいました。

強くてもファンからなかなか支持されないオカダ・カズチカと、自他共に認められた団体のエース・棚橋弘至。

そんな2人の図式が出来上がって行われた試合が2015年1月4日「オカダ・カズチカ VS 棚橋弘至」でした。

 

この試合で、オカダは敗戦を喫しました。

勝負だけでなく、棚橋弘至の”存在感”も超えることが出来なかった現実を見せつけられたオカダは、花道で泣き崩れました。

オカダはバックステージコメントでこのように語っています。

「正直……ベルト以外のモノも掛かってたと思いますから、ほんと悔しいっすね。やっぱりボクが新日本プロレスを盛り上げないと、金の雨は降りませんから。

新日本プロレスを盛り上げるという”使命”にも似た目標に対して、結果がついてこない悔しさ、
そして、いつになっても”棚橋弘至の存在感”という壁を超えられなかったいたたまれない気持ちが

涙となってオカダの頬を伝ったのでしょう。

その後のオカダの快進撃は言わずもがなですが、防衛ロードを築き、最長ベルト保持者として、
まさに”金の雨を降らす”レスラーとして、新日本プロレスの先頭に立って盛り上げる存在にまで成長を遂げました。

 

KUSHIDAの涙

KUSHIDA 涙

一番記憶に新しいのがKUSHIDAの涙ではないでしょうか。

KUSHIDAは今や、ジュニアヘビー級の中心選手でありながら、海外からもオファーが殺到するほどの人気レスラーです。

そんなKUSHIDAが人前で涙を流したのは、2017年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアの公式戦中。
以下のように、心の内を涙ながらに漏らしました。

「リング上は改めて、誰も助けてくれないっつうか、独りつうか……。信じるよりね、疑う方が楽なこの時代に、応援してくれる人の声だけが頼りでした。(中略)地方でジュニアがメイン取れない。あれだけリング上で宣言しても、何年かかってんだっていうぐらい……ジュニアは会社的にやっぱり弱くて(中略)この新日本プロレス内で置かれてるジュニアの立場っていうのは、ウソなんてなにもないリアルなんで。ふざけんなコノヤロー、舐めんなクソッたれ」

この涙の真相は、近年ジュニアヘビー級がヘビー級の格下的存在に成り下がっていることが理由にありました。

現在ヘビー級で活躍している内藤哲也やケニー・オメガ、飯伏幸太などは元々ジュニアヘビー級の選手でした。

彼らは、上を目指すという目的でヘビー級に転向し、現在成功を収めています。

このような経緯があったことから、2010年以降のジュニアヘビー級はヘビー級の”お下がり”的存在になっていきました。

しかし本来、ジュニアヘビー級はヘビー級の格下という趣旨で出来た階級ではありませんでした。

100kg以下の体格的に小柄の選手たちが、飛んだり跳ねたりと華やかなプロレスをするなど、
ヘビー級で見せられないものを、ジュニアヘビー級で見せる、

差別化するために出来た階級なのです。

この涙は、そんなジュニアヘビー級に魅了されプロレスラーになったKUSHIDAらしい悔し涙だったのです。

時は流れ2018年、ジュニアヘビー級の地位向上に努めてきたKUSHIDAの思いは実り
現在では高橋ヒロムやウィル・オスプレイなど、KUSHIDAと同様にジュニアに誇りを持った面々が続々と揃い始めました。

そして、”ジュニア黄金時代の再来”とまで言われるまでにジュニアヘビー級の地位は確立しつつあります。

このようになったのも、ジュニアに誇りを持ったKUSIHIDAの活躍に他ならないのでしょう。

 

SHO&YOHは”世界一のタッグチーム”になる

以上の3人に共通しているのは「理想と現実の差を埋められず涙を流している」ということです。

この涙に裏に秘められている思いは、「絶対に理想を叶えてみせる」という覚悟の証と言えるのではないでしょうか。

凱旋帰国後、一発でジュニアタッグのベルトに手に入れて順調に見えたSHO&YOHは、
スリーウェイ戦で2連敗を喫して、現在ベルト戦線から脱落してしまいました。

今こそ、SHO&YOHの真価が問われています。

このまま脱落していくのか、再びベルト戦線に躍り出るのか。

そんな状況のSHO&YOHに、エールを送りたいです。

「大丈夫!YOHのその涙は”世界一のタッグチーム”になる証だから」と。

きっと遠くない将来、SHO&YOHは”世界一のタッグ”になってくれるでしょう。

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