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ヨシタツはこのまま新日本プロレスから戦力外となってしまうのか…

   

ヨシタツ

「ノー!ノー!ノー!」

田口監督のサインを遮ってまで出した工藤静香サイン。

何をやっても盛り上がる後楽園ホールを一瞬にして凍らせてしまった男がいました。

2日連続でSANADAの”skull End”に沈んだ

ヨシタツこと山本尚史39歳

25歳でデビューして14年の時が経ちました。

レスラーとして後輩であるSANADAに、

連日とどめを刺されたことはヨシタツにとって屈辱だったに違いありません。

 

理由は”棚橋弘至と中邑真輔を超えるため”

2002年3月に入団をした山本尚史の同期には、

現WWEの中邑真輔を始め、

田口隆祐、後藤洋央紀等、いずれ劣らぬメンバーがいました。

 

特に中邑真輔は、

新日本プロレス入門前から総合格闘技のトレーニングを受けていたこともあり、

アントニオ猪木の秘蔵っ子”神の申し子”として

華々しいデビューを飾り、

2年目にしてIWGPヘビー級王者にまで上り詰めたのです。

 

一方、山本は一若手選手としてヤングライオン時代を過ごしました。

IWGPはおろか、2年連続で出場をしたヤングライオン杯で

優勝することすら出来ずにいました。

 

当時の山本について、田口隆祐は

Podcast番組「KUSHIDAのナイショ話」内で、このように語っています。

 

「山本は不器用だから若手の頃から避雷針として、よく怒られていましたよ。」

 

しかし、”避雷針”山本はいくら負けても腐りませんでした。

”ミスターバックドロップ”と言われた後藤達俊から

必殺の”バックドロップ”を伝授されると若手の有望株として頭角を現し始めたのです。

 

2006年には、永田裕志とIWGPヘビー級タッグへの挑戦や、

当時、団体対抗戦を行っていたZERO1−MAXの崔リョウジと抗争を繰り広げる等

活躍の幅を広げ、会社からも将来を期待される存在にまで成長していました。

 

そんな最中、山本は新日本プロレス退団を決意したのです。

理由は、

”棚橋弘至と中邑真輔を超えるため”

でした。

 

あの頃の山本尚史にこれからの未来が詰まっている

ヨシタツ AJ

「山本は誰よりも負けている不器用な男。それでも諦めず上を目指してギラギラしていた」

と、田口は山本の魅力について語っています。

 

新日本プロレスを退団して9年の年月が経過し、

ヨシタツは新日本のメインイベンターを目指し、今もがき苦しんでいます。

「1個だけ忘れちゃいけないものがあるんだよ。山本尚史のあの技を忘れちゃダメだよ。あの技って言えば分かるだろ?

山本尚史が一番大事にしていた技。あの頃の山本尚史に、これからの未来が詰まってる。」

 

田口監督に言われ、あの頃大事にしていた技を繰り出そうとするも不発続きで、

ヨシタツは結局、パックロップを決められずに”どんたくシリーズ”を終えたです。

 

しかしヨシタツが上手くいかないのは、現在や若手時代だけはありません。

WWE時代には、年間最大イベント”レッスルマニア”のダークマッチとして行われたバトルロイヤルで、

日本人としてはアントニオ猪木に次いで史上2番目となる優勝を果たす等、

活躍は見せたものの2014年、

事実上戦力外通告である解雇をされてしまったのです。

 

また、2014年には”元WWE”という栄光を引っ提げ、

華々しく新日本プロレスに凱旋帰国しますが、運命はヨシタツを翻弄しました。

AJスタイルズの決め技”スタイルズクラッシュ”の受け身を失敗したことで、

第二頸椎粉砕骨折という大ケガで凱旋早々、戦線離脱を余儀なくされてしまったのです。

やっとの思いで大ケガを克服し、1年4ヶ月後に復活するも

未だ新日本プロレスで居場所を見つけられずにいます。

 

■スタイルクラッシュの受け身を失敗して首が破壊したシーン

 

新日本プロレスとヨシタツの間で関係が途切れた

そんなヨシタツは、他の選手からも未だに認められていません。

新日本プロレス公式サイトで定期掲載していたヨシタツの日記は

7月いっぱいで終了しました。

それと同時期に「ヨシタツが全日本プロレスの王道トーナメントに出場」

という情報が流れたのです。

 

新日本プロレスは、小島聡とタイチが全日本プロレスの8.27両国大会に参戦することを

公式サイトにて公表していますが、

ヨシタツの王道トーナメント出場については発表していません。

 

新日公式サイトの日記連載終了のことも踏まえて考えると、

これは新日本プロレスとヨシタツの間で関係が決裂したという見方も出来ます。

 

”新日本プロレスのトップを獲る”

仮にそうであろうとなかろうと、今のヨシタツでは

新日本プロレスで居場所を見つけることは難しいかもしれません。

ここでヨシタツには今一度思い出して欲しいのです。

新日本を退団した理由を。

 

”棚橋弘至と中邑真輔を超えるため”

 

これは、”新日本プロレスのトップを獲る”とイコールなのではないでしょうか。

きっとあの頃の山本だったら、そう思っていたに違いありません。

 

ファンが見たいのは泥臭いヨシタツ

ヨシタツ

ヨシタツはもうすぐ40歳、レスラーとしてのピークの年齢に差し掛かっています。

決して時間があるとは言えません。

ファンが見たいのは、過去の栄光にすがった姿ではなく

ギラギラした目で上を目指した泥臭いヨシタツなのです。

そうなった時、初めてヨシタツに新日本プロレスの頂きが見えてくるのではないでしょうか。

不器用でもずっと諦めずに上を目指していたヨシタツなら、まだ出来るはずです。

 

果たして今後、ギラギラしたあの頃の姿をファンに見せることが出来るのでしょうか。

今こそが正念場。

「頑張れ!ヨシタツ!」

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