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経歴から見えてくるディック東郷が新日本プロレスに参戦する本当の理由

ディック東郷

”EVILのパレハ”として新日本プロレスに参戦しているディック東郷。
EVILが出る試合では、必ずセコンドに付き執拗に乱入を繰り返す姿に、多くの新日本プロレスファンから「邪魔」「いらない」など煙たがれています。

しかし、東郷は、そのような言葉では片付けられない、誰にも真似出来ないプロレス人生を歩んできています。

その驚くべき経歴を見ていきましょう。

 

経歴

ディック東郷は、秋田県大館市出身、1969年8月17日生まれの51歳(2021年5月現在)
本名は、佐藤茂樹です。
彼は、1つの場所に安住しない「旅人」という言葉が相応しいプロレス人生を歩んでいます。

 

プロレスとの出会い

東郷は、小学校・中学校時代にイジメを受けていました。
同級生からの暴力に日々耐える中、テレビでたまたまプロレス中継を目にしました。
そこには、自分がイジメで加えられていた技の数々があったのです。

「僕がやられていたのはこれだったのか!」と気づいた東郷は、大袈裟に痛がったり、痛みを緩和するために殴られた瞬間に後ろに引いたり等、プロレスから「受けの美学」を知ります。

イジメられながらも自分なりのプロレスをすることで、やがてイジメを克服していきました。

プロレスに魅力を感じた東郷は、いつしかプロレスラーになりたいと思うようになります。

 

FMW~ユニバーサル・プロレスリング時代

東郷は、秋田県立十和田高校卒業後、静岡県の製紙工場に就職します。
しかし、プロレスラーという夢を捨て切れず退社。

大仁田厚が旗揚げしたインディー団体「FMW」に入門します。
だが、団体の方向性に違和感をもち、入門1、2ヶ月後で離れます。

その後、ユニバーサル・プロレスリングに入団。
先輩レスラーの邪道と外道から指南を受けます。
1991年6月、巌鉄 魁(がんてつ さきがけ)というリングネームで、MASAみちのく(現ザ・グレート・サスケ)を相手にデビュー。
秋田県出身ということから、入場時はなまはげの格好で入場していました。

【画像:巌鉄 魁】ディック東郷 ユニバーサル

翌1992年メキシコ遠征に行きます。
同年、日本に凱旋帰国したが、ユニバーサル・プロレスリングは経営悪化に陥っており、選手にギャラを支払えていない状況でした。
その状況を見て、再度メキシコ遠征に繰り出します。

のちに、ユニバーサル・プロレスリングは自然消滅します。

 

みちのくプロレス~WWF時代

翌1993年4月、再び日本に帰国。
ザ・グレート・サスケが立ち上げた「みちのくプロレス」に、覆面レスラーのSATO(サトー)として参戦。
その後、みちのくプロレスに入団します。

【画像:SATO】ディック東郷 SATO

同年12月、スペル・デルフィンとのマスカラ・コントラ・マスカラ(敗者マスク剥ぎマッチ)に敗れ、マスクを脱ぎます。

翌1994年4月、因縁のあるスペル・デルフィンと再戦。
マスカラ・コントラ・カジュベラ(敗者マスク剥ぎ or 髪切りマッチ)で対峙し、またも敗戦します。

同年9月、獅龍(現カズ・ハヤシ)、テリー・ボーイ(現MEN'Sテイオー)とヒールユニット「平成海援隊」を結成。

【画像:平成海援隊(左からテリー・ボーイ、SATO、獅龍)】
ディック東郷 平成海援隊

翌々1996年1月、リングネームを現在も使用しているディック東郷に改名。
それと同時に、ユニット名も「海援隊☆DX」に改名します。

同年6月、TAKAみちのくと船木勝一(現FUNAKI)を海援隊☆DXに導き入れます。

【画像:海援隊☆DXと金本浩二大谷晋二郎
ディック東郷 海援隊☆DX

翌々1998年3月、みちのくプロレスを退団し、世界最大手のWWF(現WWE)と契約し、アメリカでスター街道を歩み始めます。

しかし、翌1999年3月、スターへの道が約束されていたにも関わらず、WWFと方向性が合わないことを理由に退団。
同年4月、アメリカから帰国します。

 

大阪プロレス~フリー時代

帰国後、大阪プロレスに入団。

2004年8月、日高郁人や石井智宏らとヒールユニット「F.E.C(ファー・イースト・コネクション)」を結成し、マット界で猛威を振るいます。

【画像:F.E.C 】

ディック東郷 F.E.C

同年10月、プロレスラー養成所「SUPER CREW」を設立。
現在、DDTのプロレスリングのトップ戦線で活躍する佐々木大輔や、プロレスリングノアのジュニア最前線でしのぎを削っている覇王(当時は佐藤悠己)など、数々の優秀なレスラーを輩出します。
名指導者としての顔をのぞかせたのでした。

しかし、2006年12月、金銭的な経営難に陥り、開所から2年2ヶ月でSUPER CREWをたたみます。

その後、団体に所属せず、フリーの立場で様々な団体を転戦します。

KAIENTAI DOJOでは旧知の仲のTAKAみちのくと対立構図を築き、古巣のみちのくプロレスではザ・グレート・サスケと東北タッグ王座に君臨。
新日本プロレスでは、邪道や外道、獣神サンダー・ライガーらが所属するヒールユニット「C.T.U」の一員として暴れます。

一方で、DDTプロレスリングではフランチェスト・トーゴ―やプリンス・トーゴ―といったギミックレスラーに扮し活躍します。

玉虫色のように、それぞれのプロレス団体で違う顔を見せ、プロレスラーとしての幅の広さは見せていったのです。

 

DDT~日本での活動終了

2010年4月、レスラーとしてコンディションが一番良いときに引退したいことを理由に、今後1年間はDDTプロレスリングの所属選手として活動し、その後、敬愛する革命家、チェ・ゲバラの終焉の地であるボリビアで引退試合を行うことを発表します。

2010年11月、佐藤光留が保持するDDTの至宝、KO-D無差別級王座に挑戦し見事奪取。34代王座に就きます。
HARASHIMA、飯伏幸太などの強豪の挑戦を退け、半年間王座に君臨します。

2011年6月、ユニバーサル・プロレスリング時代からの先輩の外道とシングルマッチを行い、日本でのプロレス活動を終了します。

【引退試合後の集合写真】

ディック東郷 外道

多くの先輩・後輩レスラーから見送られながら日本での試合を終えました。

 

プロレス放浪旅と引退

2011年7月からは、バックパックを背負い南米のボリビアを目指し、1年間のプロレス放浪旅をスタートします。

オーストラリアを皮切りに、イギリスやドイツ、ベルギーなどのヨーロッパ諸国を回り、アメリカ、メキシコを経て、ボリビアがある南米へと抜けていきます。

22ヶ国を巡り、アポなしで各地のプロモーターと交渉してプロレスで生計を立てる、破天荒なサーキットを成し遂げます。
その中で、日本では考えられないような劣悪な環境下で試合を行ったり、プロレスラーを目指す若者たちに出会ったりなど貴重な経験を積みます。

そして、翌2012年7月ボリビアで引退試合を実施します。

引退試合には、日本からのファンだけでなく、ヤス・ウラノやアントーニオ本多、佐々木大輔といった東郷にお世話になった日本の弟子たち、放浪旅で指導してきた各国のレスラーたちなど、多くのレスラー仲間が集結しました。

その様子は、東郷の人徳の高さを物語っていました。

 

ベトナム移住とプロレス団体設立

引退後、東郷はベトナムに移住します。
下水道工事の仕事に就いたのち、スポーツジムのマネジメントやプロレス学校の設立を果たします。

そして、現地テレビ局のサポートの下、ベトナム初のプロレス団体「NVP(ニュー・ベトナム・プロレスリング)」を立ち上げます。

 

役復帰

引退から4年後の2016年、「リングに上がってほしい」と要望を受け、日本とベトナムの国際交流イベントで1日限りの限定復帰をします。

それをきっかけに、「またプロレスがやりたい」という思いが湧き上がりました。

同年7月、DDTで現役復帰試合を行います。

同年9月みちのくプロレスで開催された、ふく面ワールドリーグ戦にキューバ代表のレボルシオンとして参戦し準優勝。
ブランクを感じさせない実力を見せつけます。

【画像:レボルシオン】

ディック東郷 復帰

2018年1月、古巣・みちのくプロレスに再入団。

2020年1月、プロレスリング・ノアにNOSAWA論外が連れてきた”X”として登場。
杉浦軍に電撃加入します。
同月開催されたグローバルジュニアタッグリーグの準決勝戦、小川良成との対戦は、プロレス界屈指のテクニシャン同士の戦いとして、ノア外からも大きな反響を呼びました。

【動画:ディック東郷 VS 小川良成

そして2020年7月、新日本プロレスにBUSHIのマスクを被って突如乱入。
”EVILのパレハ”として、バレットクラブに加入を果たします。

 

得意技

東郷は、身長が170センチとプロレスラーとしては恵まれた体格ではありません。
しかし、その小柄な体型を活かして、ダイビング・セントーンやシルバーブレッド、トぺ・スイシーダ、トぺ・コンヒーロなど、数々の飛び技を得意としています。

一方で、肉体は筋肉隆々で、ジュニアヘビー級の中ではパワーがあります。
それを活かした、べディグリーなどの投げ技、フィスト・ドロップやラリアットなどの打撃技も使いこなします。

また、オクラホマ・ロールや横十字固めなどの丸め込み技、フィニッシュホールドには関節技のクラップラー・クロスフェイスを持っており、技術力の高さには定評があります。

 

タイトル戴冠歴

東郷は、技術だけでなく、確かな実力も兼ね備えています。
それを物語っているのが、東郷のタイトル戴冠歴です。

東郷は、以下の通り数々のタイトルに戴冠しています。
団体別にみていきましょう。

【新日本プロレス】
・IWGPジュニアタッグ王座(パートナーはTAKAみちのく)

【DDTプロレスリング】
・KO-D無差別級王座4回
・KO-Dタッグ王座3回(パートナーはそれぞれ守部宣孝、アントーニオ本多、TAKAみちのく)
・アイアンマンヘビーメタル級王座

【プロレスリングZERO-ONE】
・NWAインターナショナルライトタッグ王座(パートナーは日高郁人)

【プロレスリングZERO1-MAX】
・AWA世界ジュニアヘビー級王座

【みちのくプロレス】
・東北ジュニアヘビー級王座
・東北タッグ王座(パートナーはザ・グレート・サスケ)
・スーパーウェルター級王座
・UWA&UWF認定インターコンチネンタルタッグ王座(パートナーは外道)
・みちのくふたり旅優勝

【大阪プロレス】
・大阪プロレス王座

【ガッツワールドプロレスリング】
・GWC認定6人タッグ王座(パートナーは折原昌夫&梁和平)

【東京愚連隊】
・東京インターコンチネンタルタッグ王座2回(パートナーはそれぞれ獅龍、MAZADA)

【MOBIUS】
・APEX OF TRIANGLE王座(パートナーは折原昌夫&ブオ・モチェロ)

【その他】
・英連邦ジュニアヘビー級王座

 

レスラーとの関係性から紐解くレスリングマスターと言われる所以

経験に裏打ちたれた確かな実力・技術を持っていることから、東郷は「レスリングマスター」と言われています。

ただし、レスリングマスターと言われる所以は、他にも考えられるのではないかと僕は推察しています。
それは、レスラーとの関係性から紐解くことが出来ます。

石井智宏は、2011年4月にDDTの参戦した際、東郷に救われた過去を明かしています。

「俺、WARを辞めて、フリーで一番暗闇にいたときに、東郷さんから声をかけられてファー・イースト(F.E.C)に入って一筋の明るい未来が見えたから。引退興行にも呼んでもらえて。これはもう恩返しをしたいと思います」

また、アントーニオ本多は、2006年5月のDDTマッスルにて、サプライズで東郷に向けて感謝の手紙を読み上げています。

「どこの馬の骨かも知らないインチキ臭かった頃の僕に『それでも、それがアンタの味だから』と言い、閉塞感でいっぱいだった人生を変えてくれました。プロレスに対する懐の深さ、数々のアイデア、バックステージで放つギャグ、世界随一のレスラーでありながら僕らと子供のように戯れてくれる人柄、何よりプロレスに対する愛情にドキドキしていました」

そして時には、「人生は楽しむためにある。もっと人生を楽しまなきゃ」と落ち込んでいるアントーニオをなぐさめ、人生についても教えてくれたそうです。

プロレス界では誰かが言った、こんな言い伝えがあります。

「プロレスラーは、笑わせて三流、感動させて二流、人生を変えさせて一流」

これに習えば、ディック東郷は一流と言えるのではないでしょうか。

「レスリングマスター」という呼称には、東郷に人生を救ってもらったレスラー仲間からの尊敬の意も込められているのかもしれません。

 

新日本プロレスに参戦している本当の理由

さて、プロレスリングマスターと言われているディック東郷は、なぜ新日本プロレスに参戦しているのでしょうか。

”EVILのパレハ”というのは表向きで、その内幕は新日本プロレスのさらなる発展のためだと僕は推測しています。

外道は、東郷の引退試合で以下のように言っていました。

「俺の中では完全にベストレスラーですよ」
「後輩だけど俺が最も尊敬するレスラーだ!ダントツでナンバー1だ!」
「俺の中で過去現在未来において、ベストのレスラーだ」と言っていました。

コンプリートファイターと言われる外道が、ベストなレスラーと認める東郷。
外道は、新しい風を新日本プロレスに吹き込むために東郷を起用したのではないでしょうか。

すでに、東郷のアイデアは新日本プロレスに反映されているように感じます。

例えば、試合中に会場の照明を消す暗闇マッチは、これまでの新日本プロレスになかった試合です。
そして何より、今ひとつ突き抜けられず悩んでいたEVILが、東郷の登場によって息を吹き返し、確固たるレスラー像を築きつつあります。

 

現在の新日本プロレスは、平日の後楽園ホールの観客動員数は300人台が当然で、一定の動員数が保たれていた地方都市の観客動員も1000人に満たず、苦戦を強いられています。
コロナ禍も影響しているのはもちろんですが、変わらない顔ぶれ、変わり映えのない対戦カードによるマンネリ化も原因になっていると考えられます。

他団体に目を向けてみると、ノアに武藤敬司が入団、DDTに秋山準が入団など、ビッグサプライズが起き、注目を浴びています。

ビックサプライズは難しいかもしれませんが、今の新日本プロレスはアッと驚くようなアイデアで、マンネリから脱却する必要があります。

東郷のアイデアは、まさにマンネリを打破するための起爆剤になるのではないでしょうか。

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かめたく

ファッションとプロレスをこよなく愛する元アパレル店員。独自理論に基づいた着こなし術や人気ファッションアイテムの体験記。また、マニアックな視点から捉えたプロレスの魅力をお伝えします。

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