「2度と観たくないけど、みんなに見てほしい映画」
そんな矛盾した感想を抱く映画を作る監督がいます。
緒方貴臣。
彼の映画作品と出会ったのは、某タレントのインスタのストーリーで「夜中に胸糞悪い映画を観てしまった…」と、紹介されていたのがきっけでした。
今では、緒方監督作品の虜です。
「胸糞悪い映画」から始まった出会いで、ここまで引き込まれるとは思いませんでした。
今回は緒方孝臣監督を紐解いた上で、彼の映画作品をレビューしていきたいと思います。
緒方貴臣が映画監督になるまで
緒方貴臣監督は福岡県福岡市出身の1981年生まれ。
高校中退後に起業し、共同経営者として会社を運営します。
しかし、25歳で退社。
海外放浪をしたのち、上京し映画学校に通います。
ところが、方針が合わず僅か3ヶ月で退学。
2009年より独学で映画製作を始めます。
初監督作品の「終わらない青」(2011年)は沖縄映画祭で準グランブリを受賞し、渋谷アップリンクXを皮切りに劇場公開されます。
その後、「体温」(2011年)、「子宮に沈める」(2013年)、「飢えたライオン」(2017年)を制作します。
緒方貴臣監督の映画作品の特徴
緒方貴臣監督の作品には、ある特徴があります。
それは、視聴者に解釈の余地を与えて、社会問題と向き合う機会を与えるという点です。
多くの映画は、視聴者を作り手の意図通りに操縦させる、あざとい演出が散りばめられています。
例えば、登場人物に悲しい出来事が起これば悲しい音楽を流します。
視聴者を泣かせたい場合は、感動的な音楽を流して泣きにかかります。
そのため、視聴者なりに解釈するための余白が残されていません。
一方、緒方監督の作品には、そのあざとさがありません。
一切音楽が流れないし、必要以上に人の表情を映していません。
そのため視聴者は、登場人物がどのような心情なのかを想像しながら観る必要があります。
緒方監督の作品を観てどう感じるかは、視聴者に委ねられた作りになっているのです。
それは、根幹にあるのが「作品を通して社会問題について考えてほしい」という意図があるからではないでしょうか。
緒方貴臣監督の映画作品
では、緒方監督の作品を、僕のオススメ順で紹介していきたいと思います。
【オススメNo.1】子宮に沈める
僕が最もオススメするのは、2013年11月から劇場公開された3作品目「子宮に沈める」です。
「児童虐待(ネグレクト)」をテーマにした作品です。
同作は2010年、大阪市西区のマンションで3歳女児と1歳9ヶ月男児が、母親の育児放棄によって餓死した「大阪2児餓死事件」を基にした映画で、児童虐待のない社会を目指す「オレンジリボン運動」の推薦映画に選ばれています。
あらすじ
2人の子を抱えたまま離婚した由希子(伊澤恵美子)は、"良き母"であろうと仕事に家事、育児に勤しむ。
しかし、やがて深い孤独と不安に追い詰められていく。
現実逃避をするようにホストに入れ込む由希子の生活は、次第に荒れていき家に帰らなくなる。
温かかった家庭から一転、子供たちに凄惨な悲劇が訪れる。
【予告編動画】
感想【ネタバレ注意】
「子宮に沈める」では、家庭の密室で置き去りにされた子供たちの生活が淡々と映し出されます。
「大阪2児餓死事件」と同様、母親・由希子は外へと続くドアや窓など全てをガムテープで何重に留め、子供たちは室内に閉じ込められます。
密室で繰り広げられるシーンは観ていて次第に息が詰まります。
頑張って生き延びようとする娘の後ろに、腐敗した息子の遺体が映っているのが見るに堪えませんでした。
さらに追い打ちをかけるように、久しぶりに帰宅した母・由希子が風呂場で娘を水死させたり、お腹に宿した命を膣から鋭利なもので刺し殺したりするシーンは、目を背けたくなるようなほど痛々しく描かれています。
育児放棄という、社会の隙間にある暗部を生々しく綴られており、心がえぐられます。
人によっては吐き気を催すかもしれません。
まるで、緒方監督の「育児放棄の現実を見ろ!」と言わんばかりの強いメッセージを感じます。
ネット上では、「史上最も胸糞悪い映画」という悪評が多いですが、観る人がどう咀嚼するかによって見え方は大きく異なるでしょう。
ネット上の評判で、”観ず嫌い”になるのはもったいない映画です。
「子宮に沈める」を観ると、母を孤立させるような社会が、育児放棄の引き金になっているということに気づくでしょう。
「子宮に沈める」は、動画配信サービスのNetflix、ABEMAプレミアム、またはYoutubeムービー(配信レンタル料300〜400円)で観られます。
【オススメNo.2】終わらない青
次にオススメなのが、2011年6月に公開された緒方監督の初作品「終わらない青」です。
「家庭内の性的虐待」と「自傷行為」をテーマに、リアルなタッチで少女の心情が綴られています。
同作は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2010にノミネートされ、沖縄映像祭2010では準グランプリを受賞しています。
あらすじ
高校生の楓(水井真希)は、厳格な父親と鬱気味な母親の3人暮らし。
父親からの性的虐待と何もフォローをしない母親の下、両親の求める「いい子」を演じる。
虐待の傷跡を隠すためにメイクをし、学校では優等生を演じる。
日常的に行うリストカットは、楓にとって心のバランスを保つためのものだった。
そんな中、生理が来なくなった楓。
不安を抱きつつも誰にも相談できず、一人で苦しみを抱え込む。
あるとき、小さな命が宿っていることに気づき『産みたい』と思うようになる。
そして、何があっても絶対に守ろうと誓う。
しかし、そんな思いとは裏腹に、楓の体の変化に気づいた父は、さらに虐待をエスカレートさせていく。
【予告編動画】
感想【ネタバレ注意】
「終わらない青」は、世間のイメージと現実に乖離があることに気づかされる作品です。
家庭内の性的虐待と聞くと、義理の父から受けるものだと思っている方は多いのではないでしょうか。
しかし実際は、血の繋がりがある実の父親からの性的虐待の方が圧倒的に多いそうです。
また、リストカットは「こんなことをするくらい苦しんでいるんだよ」というパフォーマンスのためだと思っている方は多いのではないでしょうか。
しかし実際は、心の痛みを身体の傷みで紛らわすため、あるいは血を流すことで自分の生きている証を実感するためにリストカットをしている人が多いそうです。
このような世間のイメージとは異なる現実が「終わらない青」では描かれています。
性的虐待を受けている人や自傷行為をしている人の心痛を知ってほしい、という緒方監督の意図を感じます。
なお、同作では、「主人公・楓の心情」と「青い空」のコントラストを描くことで、彼女の心痛に残酷なほどスポットが当てられています。
まさに、心の痛みを疑似体験できる作品です。
「終わらない青」は、動画配信サービスのABEMAプレミアムで観られます。
【オススメNo.3】体温
「体温」は、2013年2月に公開された2作目です。
孤独な青年、ラブドール、自分を見失いかけているキャバ嬢の三者が織りなす、「孤独」をテーマにした、いびつなラブストーリーです。
同作は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2011にノミネートされています。
あらすじ
食品工場に勤務する倫太郎(石崎チャベ太郎)は、イブキと名付けたラブドールと外の世界を遮断して生活している。
ある日、イブキとそっくりなキャバ嬢・倫子(桜木凛)と出会う。
倫子は、本名“倫子”と源氏名“アスカ”の間で自分を見失いそうになっていた。
倫太郎と倫子は、互いの孤独を埋め合うように距離を縮める。
しかし倫太郎は、倫子が思い通りに自分だけを見てくれないことに孤独を感じていく。
イブキにドレスを着せ、髪型を変え、化粧をして「倫子」と呼ぶ。
そして、満たされない想いを倫子に見立てたラブドールで発散していく。
【予告編動画】
感想【ネタバレ注意】
ラブドールを持っている人と聞くと、性処理としての道具を家に持っている気持ち悪い人という偏見を持っている方は少なくないのではないでしょうか。
しかし、「体温」に登場しているラブドールは、話しかけられたり可愛い服を着せてもらったりなど、家族の1人として暮らしています。
本作を通して、ラブドールの実態を知ることが出来ます。
また、本作ではラブドールとのセックス、人間とのセックス、両方が描かれています。
その2つの対比を通して、主人公・倫太郎の孤独が描かれています。
「体温」は、動画配信サービスのABEMAプレミアム、またはYoutubeムービー(配信レンタル料300〜400円)で観られます。
【オススメNo.4】飢えたライオン
「飢えたライオン」は、2018年9月に公開された緒方監督の4作品目です。
「イジメ」と「誹謗中傷」をテーマにしています。
同作は、第30回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に選出され、プチョン国際ファンタスティック映画祭では最優秀アジア映画賞を受賞しました。
あらすじ
ある朝のホームルームで、瞳(松林うらら)のクラスの担任が、児童ポルノ禁止法違反の容疑で警察に連行される。
担任が撮影した性的動画が流出し、その相手が瞳だというデマが流れる。
誰も信じないだろうと軽く考えていた瞳だったが、デマは事実のように広がっていく。
周囲から偏見の目で見られるようになり、親友からは裏切られ、いじめを受け、そして強姦で追い詰められてく。
精神的に追い込まれた瞳は、死を選択する。
【予告編動画】
感想【ネタバレ注意】
世間の人は、イジメや誹謗中傷に関する報道を観ても、他人事にように話のネタにするでしょう。
「飢えたライオン」では、下記の様子を描くことで、ふとしたきっかけで誰もがその当事者になる可能性がある、ということを提起しています。
●主人公・瞳が、担任が警察に連れて行かれる様子を面白がって動画に撮っていたが、今度はデマによって自分が周囲からイジメられる
●瞳をイジメていたクラスメイトが、カメラを構えた報道陣から格好のネタにされる。
●瞳のことを信じなかった家族が、彼女の死をきっかけに報道陣に囲まれ、生活に支障を来たすようになる
上記が描かれていることにより、イジメや誹謗中傷を他人事ではなく自分事として観ることが出来ます。
同作を観ると、自分の行動を顧みたり、報道の捉え方について考えさせられたりするきっかけになります。
「飢えたライオン」は、月額定額サービスでは配信されていませんが、
Prime Video、Youtubeムービー(配信レンタル料300〜400円)で観ることができます。
終わりに
映画といえば、ヒーローものや感動して涙を流す映画が、もてはやされがちです。
確かに現実逃避や娯楽の一環でそういう映画を観るのもありでしょう。
僕もそういう映画も見ます。
しかし、時には社会問題と向き合ったり、自分を見つめ直したりする映画を観るのもいいのではないでしょうか。
「感情」を「動かす」と書いて”感動”
緒方監督作品は、少し異なったベクトルの感動を味わえます。
怖いもの見たさでもいいので、ぜひ緒方孝臣監督の映画で違った感動を味わってほしいです。